我々がトータル抜毛を決意した手がかりはこちらでした・・・

あたしが全体脱毛したキーポイントは、幼い頃から毛深いという引け目があったからです。
私の父方の親せきは旦那も女性も毛深い他人が手広く、例にもれずパパも全く毛深かったのです。
どれぐらい毛深いかというと、拳固や脚はもちろんモジャモジャしていますが、背中や頭も密林のように毛が生えている環境でした…。
あんなダディーがたの遺伝を思う存分受け継いでしまい、私も物心がつくあたりには自分が毛深いということに気づいていたのです。
小学生三年生くらいのときに好きな男子がいたのですが、彼は色白で男子なのに拳固も脚も産毛すら生えてなくてぴかぴかしていました。
当時はまだまだ産毛の環境でしたが、あたしは拳固にも脚にもとことん毛が生えていたし、処理をすることも思い付かないくらい児童だったので気まずい気持ちはあっても何もやり方できていませんでした。
あんなある日、仲の良い女性らが集まって好きな男子に発言しよう!ということになったのです。
引っ込み思案なあたしは恥ずかしくて断りたかったのですが、仲間はずれになるのもこわいし、盛り上がっている間近になにも言えず順番に一人ひとり好きな男子に告白することになってしまいました。
本当に自分の番が来て「○○君が好きです」と伝えると、男子から返ってきた科白は「お上肢もじゃもじゃだからやだー」というグッズでした。
自分でも気にしていた事だけに、発言が失敗した箇所よりもその科白に傷つき恥ずかしくて泣いて帰ったのを今でも覚えています。
そこから毛深いことが余計に引け目になってしまったのです。
妻に泣いて頼んで剃刀を使わせてもらうようになり、お風呂で毎日のように製造をしていました。
今考えるとそんな製造の手をしたら余計に髪の毛が分厚くなり毛深くなってしまうとわかるのですが、当時はやっぱ製造しなければと没入でした。髪の毛にたいして過敏になりすぎていたんだと思います。
そういう環境が20年代位まで続きました。
女房が出来ても「毛深いのがばれたら嫌われる」とまん中強迫降伏のような意気込みがあり、デートまん中も「拳固を組んで安泰かな」「脚が触れてチクチクしたらいかんせん」と気持ちが休まりませんでした。
そんな時会社の仲間が全体抜毛をし始めたと聞き、以前から気持ちにはなっていたものの怖くて踏み出せなかったあたしに転機が訪れたのです!
アッという間に仲間に全体抜毛とはどういうことをするのか、つらいのか、お金はどれぐらいかかるかなど細かく聞き、次のお休日には出席をしに行っていました。
勿論お金はかかりましたが、今では半年に一時くらい細かい毛が生えているのを見つけるほどになり、20年間の気がかりが無くなって凄い自分にプライドが持てました!レイクカードローンは無利息ローンサービスがある